タイ王国の歴史的ナチュラルトランペットの研究と復刻

ハインリヒ タイン

I  はじめに
II  タイ王国の歴史的トランペットの研究
III  復刻製作記


I はじめに

1999年にタイ王国のバンコクにあるMahidol総合大学に所属するプーミポン国王陛下音楽大学の教授である Sugree Charoensook博士がブレーメンにわれわれの工房をお訪ねになりました.博士は非常に古いナチュラルトランペットをお持ちになり、私たちにこの楽器の調査をご依頼されたのでした.博士はこの楽器について、ルーツは17世紀に遡りそもそもフランスのルイ14世がタイ国王に献上されたものだと説明されました.当時としてはこれは大変高価な贈り物といえ、つまりヨーロッパの権力者は自分の宝物庫にトランペットがあり、臣下にトランペット奏者を抱えていることを大変な名誉としていたからです.トランペット奏者は王の権威を象徴するような音楽を公の機会などに演奏しました.トランペットは例えば裁判所などでは、しばしばそれ自身で王の権威の象徴と扱われていました.

ナチュラルトランペットの歴史は先史時代に遡ります.最も古いものとして知られているものはエジプトのピラミッドから出土したもので3000年前のものと思われ、総銀製で現在はパリのルーブル美術館に保存されているものです.このエジプトのトランペットは直線的な姿をしていますが、多くの部分音を演奏できるように楽器の管長が長くなるとS字型の形となり、この形は15世紀には伝統的なビューグルの形として引き継がれました.現在までこのナチュラルトランペットの形はファンファーレトランペットと呼ばれて生き残っています.ファンファーレトランペットの形はルネサンスやバロックの時代には大変ポピュラーなものでした.特にバロックの時代には美しい装飾が施されました.

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II タイ王国の歴史的トランペットの研究

全体的に言ってこの歴史的トランペットの形は一般的なナチュラルトランペットとは異なる.調性は in D, ピッチはa=440Hz.いくつかの重要な点を以下に示す.


パストラルオーボエ (* 1)

 



上記写真は2点とも、左:ヨーロッパのコルネットのマウスピース 中央:ハース以後のバロックトランペットのマウスピース 右:タイのトランペットのマウスピース

オリジナルマウスピースを使って奏でられる楽器の音色は極めてデリケートな、まるで歌うようなサウンドで、伝統的なドイツ=バロックトランペットと極めて秀逸なコルネットのサウンドの中間ともいえる.


コルネットと黄銅製のマウスピース.
コルネットは指で塞ぐ穴があいている.動物の皮で被われている. (タイン私蔵)




青銅器時代の金管楽器、ルール.このフラットなベルの開口部の形状は類例を見ないもの.
ルールはスカンジナビアの先史時代の楽器のひとつ.

ブルトベールテのルール、ジーラント、デンマーク(*2 )

このルールの平面的なベルは太陽に向けられた鏡と考えられている.
またこの平面的なベルはトルコやチベットの影響が見て取れる.パストラルオーボエの一部には平面的なベルを持つものもある.

パストラルオーボエ (*3)

 

このタイのトランペットの極めて特殊なベル形状は、おそらくアジア文化の強い影響を受けているものと思われる.

中国のトランペットと題された細密画(*4)

ヨーロッパには2つのタイプのトランペットが存在する.ひとつは全体的に彫刻やフィギュア、花を象った部品を施されて飾りたてられている.このタイプのものは演奏するのと同様鑑賞するのもまた楽しい.一方管の中の切り取られたリングなどを使ってもう少しシンプルな装飾を施されたものもあり、演奏するのは非常に楽しい.下の図は飾りたてられた花輪模様をよく現している.
 
 

ニュールンベルクの J. W. ハースによるトロンバ in D, Es (1700年ごろ)
(MIM Leipzig, No. 1789, 1791, 1787) (*5)


バロック時代のベルの直径はその後の時代のものに比べて大きいというわけではない.というのもベルはハンマーで叩いて製作されるが、大きくなればなるほど金属は極めて薄くなっていくため、2重構造にせざるをえなかったからである.タイ王国のトランペットに見られるような平面的なベルの場合は、たとえ大きくてもこのような製作上の難しさはない.トランペットの製作技術の発展に伴いこのタイプのベルはだんだん大きくなっていき、19世紀のファンファーレトランペットのような大きなベルとなるに至るのである.

上:ハース後の17世紀のバロックトランペット、タインによるコピー
下:ファンファーレトランペット、20世紀中ごろ
(タイン私蔵)

 
 
 

私たちの観点からすると、タイ王国からやってきたトランペットはオリジナルの部分だけではなく、後の時代になって付け加えられたパーツもあるものと思われる.オリジナルの楽器は使用されたあと改造がくわえられ、それでヨーロッパタイプの楽器にアジア的な影響が色濃く付け加えられ、極めて個性的なタイプの楽器になったものと思われる.このタイプの楽器は未だ文献でもお目にかかったことがない.

 

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III タイからやってきたトランペットのコピーを22本つくる・復刻製作記
 
 

1. はじめに 5. ガーラント模様の板 9. 支柱 13. ケース
2. ドキュメント 6. こぶ 10. 最終組み立て 14. 吹奏チェック
3. ツール 7. 円筒管 11. 木製ブロック 15. 銘
4. 製作 8. U字管 12. 国王陛下のバッジ

 

1. はじめに

わたしたちタインは歴史的金管楽器に対する調査研究と、当時の製作方法を踏まえた楽器の製作能力という点でよく知られた存在です.16世紀から19世紀にかけての歴史的な楽器製作に関しては、歴史的に使用されていた金属材料の研究と同様に歴史的な製造方法に倣った治金技術への考察が重要です.わたしたちは極めて訓練されたハンドワークによる製作技術と奏者一人一人に楽器をフィットさせる能力で、高い評価をいただいています(*6).

今回、わたしたちはこのタイ王国のトランペットのコピーを22本、受注致しました.

2. ドキュメント

まず最初に技術的な仕様を決定し、オリジナルの楽器をもとに技術的なスケッチを作成します.

これがタイ・トランペットの技術的スケッチです.スケッチは3面図として作成され、すべての部品の寸法が示されます.
スケッチが完成したあとは、この楽器を組み立てるのに必要な部品のリストが作成されます.

3. ツール

この部品を作っているツールは、わたしたちタインで工房でオリジナルに作成したものです.


スチール製の芯金やシリンダーが旋盤の上で製作されているのがわかります.

ベルセクション用の芯金が採寸された後、製作されます.


ベルセクション用の芯金を製作中

4. 製作


黄銅から作られたベルセクション


ベル部の終端はエッジがたてられ、ここにガーラント模様を刻まれた板がはんだづけされます.このエッジを立てるために特殊な工具を作成しました.

5. ガーラント模様の板

ベル終端に取りつけられる板は2枚の黄銅の板から作られ、貼り合わせます.


厚さ0.5mmの大きな黄銅の板から2枚のリングが切り取られます.


ガーラントの中側の装飾が(芯金となる)スチールブロックにハンドワークで刻みこまれていきます.


中側ガーラントの装飾の彫刻

芯金となるスチールブロックの出来上がり.これに黄銅の板をプレスして部品を作ります.


中側のガーラントのスチール製芯金


芯金にプレスして作られた黄銅のパーツ


中側と外側のガーラントが銅のくぎで留められ、張り合わせる準備が整いました.

6. こぶ


こぶを構成する2つのパーツをはんだづけしているところです.

短い管は他のパーツを半田づけするために用意されています.


上:こぶ、完成品
下:こぶを構成するパーツ


7. 円筒管

黄銅から作られた円筒の管は直径を精密に測定され検査されます.


円筒管の測定


はめ管を作るために用意された円筒管

はめ輪は一組の短い円筒管から作られ、2本の管を接続するために使われます.はめ輪には装飾的な線が特殊なリズムで刻まれています.この装飾的な線は、平行に、「2-1-2」のリズムで、管の両端が「2」、中央が「1」と刻まれていきます.この線の数は一つの楽器に72本刻まれ、これはプーミポン国王陛下の72歳の誕生日からとられたものです.

円筒管はU字管を作るのにも利用されます.

8. U字管

U字管を作る前に、管を火で熱して柔らかくし、充填材料を充填します.以前はこの工程で充填材料として鉛を使っていましたが、今日では毒性のない、熱湯で溶ける充填材料をつかってこの工程を行うことが出来ます.


まっすぐな管を熱して柔らかくします.充填材料をいれる準備です.


まっすぐな管に、伝統的な手を使った方法で充填材料を注入します.


U字管とはめ管は、22本の楽器を正確に同じ寸法で作るために補助材に取りつけられ、半田づけされます.


はめ管を装着したU字管とマウスパイプ.これから半田づけされます.



9. 支柱

支柱は3つのパーツから作られます.中央の円筒管の長さを変えることによって接続する場所の距離に対応します.


一つ一つのパーツは低い温度で溶ける半田で取り合えず接合されています.


マウスパイプと(下側の)管は2つの支柱を使って固定します.まず一つの支柱が楽器の中央に取りつけられます.

ベルセクションを構成するパーツを半田づけするために揃えました.


左:ベルセクション、右:ベルセクションの直管部分.接合部分は上にあるこぶで隠されます.


最終組立工程に入るために、すべてのパーツが揃いました.


半田づけ作業のために作った特殊な支持工具が、ベルセクションとガーラント板を支えます.

10. 最終組み立て


最終組立工程

すべてのパーツが半田づけされ、半田づけした部分のクリーンアップが終わったあと、楽器全体の磨きに入ります.


バフマシンで楽器を磨きます.


機械で磨けない細かな部分は手で磨きます.


11. 木製ブロック

ベルセクションとマウスパイプの間には軽い木材(リンバと呼ばれる西アフリカ原産のモモタマナ類の木材)を濃いブルーの布で包んだものが挟み込まれています.この部分はさらに金と青の紐で包み込まれ、固定されます.


木製ブロックとロープでベルセクションとマウスパイプを固定します.



 

12. 国王陛下のバッジ

仕上げとしてベルパートに国王陛下のバッチを取りつけます.


国王陛下のバッジ


13. ケース

楽器を輸送や気候の変化から保護するために特性のケースを用意しました.


木製のケースで濃い青の外皮で被われ、国王陛下のバッジが取りつけられています.


ケースに取りつけられた国王陛下のバッジ

 


ケースの中側は「ラングフロー・ベルベット」で被われており、これは楽器を衝撃と気温変化から守ります.

 

14. 吹奏チェック

22本のトランペットを仕上げてから、私たちはオリジナルの楽器と私たちの制作したコピーの楽器を実際に吹き比べてみるチャンスをいただきました.このふたつは外見は全く同じです.吹奏チェックをしてみると、音楽的な観点からは、オリジナルは非常に保守的な音色である一方、新しいコピーは若干新しい楽器によく見られる、フレッシュな音色でした.


上:タイ王国からやってきたオリジナルトランペット
下:タインで製作したコピートランペット第1号


15. 銘

手作業でベルサイドに銘が刻みこまれました.この言葉が意味するところは、「ブーミポン国王陛下の6番目の輪 199 を記念して」



22本のタイン製タイ王国トンペットとケース

タイ王国のトランペット製作に関わることができて大変幸せだった、マックスとハインリヒふたりのタインと彼らのスタッフ
シルビア カイリス、ウールズ ラウインガー、ギュンター ポッペ、ミヒャエル ケスター、ダニエル クンスト

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参考文献

*1 浜松楽器博物館カタログ 第1巻 ヨーロッパの気鳴楽器(1995) 26ページ, No. A-0181 R
*2 Andreas Oldeberg, A Contribution to the history of the Scandinavian Bronze Lur in       the Bronze and Iron ages, 1948, page 65
*3 浜松楽器博物館カタログ 第1巻 ヨーロッパの気鳴楽器(1995) 26ページ, No. A-0182 R
*4 Filippo Bonanni, Gabinetto Armonico, S. 15 Antique musical instruments and their players
*5 Gisela Csiba und Jozsef Csiba, Die Blechblasinstrumente in J.S. Bachs Werken, 1994
*6 Zur Geschichte der Renaissance-Posaune von Joerg Neuschel (1557) und zu ihrer Naschoepfung, Heinrich Thein 1981, Baseler Jahrbuch fuer Historische Musikpraxis, 1981